東電女子社員殺害事件とギムレット-マスター久々の登場-

渋谷区円山町の夜は薄暗かった。どんよりとした雲の陰からときどき10日ばかりの月が覗いていたが、雨を含んだ足の速い雲に隠されることの方が多かった。

 この辺りはラブホテルの密集した地域ではあるが、ここだけはすぐ近くにありながらも、うらぶれた下町の情緒を含んでいる一郭であった。この中に、とあるアパートメントと思しき建物の一室を覗いている一人の外国人がいた。中肉中背(やや高め)中年の男性であったが、その額に刻まれた皺、時々光る鋭い眼光、何毎も見逃さない緻密な思考、激しく回転する頭脳、が彼の挙動からうかがい知ることが出来た。

「そうかこの部屋で扼殺による殺人が行われたのか」彼は小声でつぶやいた。
 彼は鷲のような鋭い目で、顕微鏡のように、緻密な調査を行っていった、そしてその結果が彼の期待していたものだと確信したとき、彼の頬は緩みほくそえんだ。

「かつては世界に誇った日本警察の捜査力も地に落ちたか」彼は無表情につぶやくと自分の痕跡を丁寧に消して、建物の外に出た、そして思わずあたりを見渡すと、すぐ前の道路の端で、自分の行動を見守っていたらしい一人の老人が立っているのに気がついた。

 しまった、他人に見られてしまった。誰にも知られずに調査をしてほしい、といわれてきたのに、「なぁマーロウ、これはある国家からの依頼なんだ、だが表立って警察が動くわけには行かない、わが国との関係も有って断るわけにもいかねえ、頼んだぜ」マギーの声が耳に響く。思わずあたりを見渡したが、幸い人影は無い、こんな老人にはどんなことがあっても、引けはとらない、ひとおもいに殺してしまえ、彼は上着の下に隠していたホルスターの拳銃を握り締め、この老人を撃ち殺そうと構えた。

そのとき、かの老人はいつの間にか二人の間合いを縮めて来ていた。そして、この老人が全身から発散する気迫の凄さに圧倒された。

この老人を殺すのは簡単だ、でもその代償としてこちらも致命的な傷を負うのに間違いないことは、過去の経歴から本能がそれをささやいていた。

二人はしばし睨み合っていた、しかし最初に顔をそらしたのは、かの老人だった。この老人はニコッと笑った、とても優しく安らぎを与えるような笑顔だった、彼は完全に殺意を無くした、老人は何事も無かったように、悠然と彼の側を通り過ぎると、かなたの闇に消え去った。

それから彼は何処をどう歩いたのか解らない、明日ロスに帰らなければならないことだけが頭を支配していた。疲れた、あたりを見渡すと、ただ一軒だけスナック風の、喫茶「情報塾」という店が目に留まった、彼は中に入った、客はだれもいなくてマスターらしい老人がうつむいてグラスを磨いていた。

彼は、近くの止まり木に座ると、ギムレットを注文した。無口なマスターは、ライムとジンをシェークして無言でグラスを運んできた。彼はそれを一口飲んで、マスターの方を見た。マスターは、自分の飲み物が入っているグラスを棚から取り上げて一口飲むと彼を見た。なんとマスターは渋谷で会ったあの時の老人であった。

しかも彼の飲み物は同じくギムレットであった。

二人は顔を合わせてどちらからとも無く苦笑いした。

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