田中角栄氏と五輪書―算数政治家よ真の政治家を目指せ―

 参院選も東京都知事選も終わった。私が投じた各一票ずつの投票用紙は、世の中に何の影響も与えず、何の痛痒も無く死んだ。ただ塵くずを増やしたにすぎなかった。

特に都知事選は何ともいえない味気ない選挙だったと思う。それでも約60%の投票率まぁ良かった方かもしれない。後の40%の人達は関心が無かったというよりは、投票したい人物がいなかったからという人が多かったのでは無いかと考えられる。21人もの立候補者がいたにもかかわらずこの人なら任せてもいいという人物はいなかった。

前都知事の舛添要一氏(私は彼が政界に入ったときから関心が無かったが)は、政治資金や金の使い方に問題はあったのだろうが、ほとんどいじめに近い状態で強引に辞職に追い込んだ様に思われる。それならそれで、自民・公明の政治家・関係者は、事前にきちんと都知事に立候補する人選をしっかり行ったうえで、舛添要一氏を辞任させたのかと思っていたが、そんな準備(根回し)は全くしていなかった様子で、これは野党も同じだったと思われる。

 国会議員に限らず地方議員も同じだが、予算が少なくなれば支出を減らして税収を増やす、年金を例にとれば、支給額を減らし、支給年齢を遅くして、保険料を増やす様なやり方です。

 最近は、メンタルヘルスが盛んに叫ばれていますが、国民は今の生活に、近い将来に、老後に、家族との関係に皆不安を感じているからだと思われます。
 地方議員でも国会議員でも同じですが、自分が政治家として地域の、国民の代表として政治に携わっているということを、その意味をよく考えていただきたいと思います。

 今なぜ田中角栄氏が話題になっているのか?彼は政治家らしい政治家であったからです。目先の私利私欲にとらわれない、日本の国をしっかり頭の中に描いてその状態を把握して、どの様にしたら日本が繁栄して行くのか、国民の全ての生活を向上させるにはどの様な方法があるのか、常に考えて実行しようとしていたからだと思います。
 地方と都市の問題では、道路を整備することにより、物資や人の循環をはかり、経済の発展のためには、人口が多く国土の広い中国との交流が必要であり、「小異を残して大同に和す」精神があったからです。此処で全てを示すことは出来ませんが、全てのことにおいて政治家でありたいと心に決めていた少ない政治家のひとりであったと思います。

 又、宮本武蔵という人は、(私の知識は、吉川英治先生の小説でしか知りませんが)少なくとも「五輪書」を読んだ限りでは、13歳から28~9歳までの間60余度まで勝負すといえども一度もその利失わず、とあります。彼は戦いにおいて、剣を交える時が勝負の始めでは無く、誰かと戦うと決めたときから勝負は始まっていて、相対峙して剣を抜いたときにはすでに勝っているのです。
 
つまり政治家も武士も、良識と先見の明をしっかり養って最良の目標を掲げそれに向かって邁進する、田中角栄氏も宮本武蔵もこれに徹していたからこそ後世に名をのこす人物になったのだと思います。

いまの政治家といわれている方々「常に其身になって、能々工夫すべし。」

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