刃物は身体をえぐり、言葉は心をえぐる―ボケッ、が墓穴を掘る―

松本清張氏の小説に、巻頭句の女というのがある。ずいぶん以前に読んだ小説なのでほとんど内容は忘れてしまったが、俳句の同人誌?に何時も最初に掲載されるのでこの呼び名がついたらしい。

これとは全く関係ないのだが、言葉というものは時代の変遷とともにどんどん変化していくらしい。接頭語(辞)接尾語(辞)などもそれ自体は本来無くてもいいものらしいが私達は(私というべきか)何となくごく当たり前につかっている。

接頭語でいうと、例えば「お寺」の「お」、「た易い」の「た」「さし出す」の[さし」などがそれにあたる。
接尾語ならば、「駅長さん」の「さん」「神様」の[様」など枚挙にいとまがない。
又とくに必要がないのに、無言でいるのも何か物足りない、というので交わす挨拶の言葉、やあ、おはよう、こんにちは、寒いですね、暑いですね、等々それがどうしたと言われると答えようがない。
更に他人を誹謗する様な言葉で、接頭、接尾、どちらに付けても可笑しくない言葉もある。バカ、アホ、マヌケ、ボケ、などがその類だ、「バカ!おまえ何するんだ」「おまえ何するんだバカ!」「アホ!何するんだ」「何するんだアホ!」といった様に。
ただ、これらのそしる意味を持つことばでも、バカ丁寧とかアホらしいとか寝ボケたというふうに そしる意味が薄れている使用方法もある。だから深い意味もなく使っている場合が多い。こういう言葉はその時の状態、言葉の強弱、言われる人の受取り方、その時の心理状況によって違ってくる。親しい仲、友人同士、グループ仲間等の中でお互いに軽く接頭語、接尾語として用いるならまあ許せると思うが出来れば使用しないほうがいい。 ましてや初対面の人に対しては絶対に禁句だと思う。

昨年の6月に、神奈川県大井町の東名高速道路で、一家4人が乗ったワゴン車を「あおり運転」で停車させ、そこでもめているところへ大型トラックが追突して、ワゴン車に乗っていた4人のうち夫婦(両親)が死亡した事件で、あおり運転を行なった石橋被告に対して「横浜地裁」は、懲役18年の判決を言い渡した。
もめた原因は、中井PAで休憩していたワゴン車が(乗車していたのは萩山夫妻とその娘2人)PAを出ようとしたとき石橋被告の車が変な止め方をしていて道をふさがれていたので、ワゴン車に乗っていた萩山嘉久氏が車のスライドを開けて「邪魔だ、どけ」と怒鳴ったと同乗していた二女が証言していたという。二女が「お父さんどうしてあんな注意の仕方をしたの、あの人がいい人だったらどうするの?」と聞いたら「あんな車の止め方をするのは悪い人に決まっている」と言ったらしい。「邪魔だ、どけ」が石橋には「邪魔だ,ボケ!」と聞こえたらしい。ムカッとしたがその時は我慢したが、怒りというものは後になればなるほど増幅する事がある。彼はだんだん自分を抑えきれなくなってついに追いかけていったのだろう。まさかトラックに追突されて死者が出るなんて考えても見なかったに違いない。(お亡くなりになられた方々には心よりご冥福をお祈り申上げますとともに、ご遺族の方々に対しましては謹んで哀悼の意を表します)死者にむち打つつもりはありませんが、妻と子供達にかっこいいお父さんを見せたかった者、車に同乗させている女性の前で強い男を演じたかった者、どだい他人に対して怒鳴ったり、横柄な態度をとったり、上から目線でものを言ったりするのが偉い立派な人間だと思い込んでいる人が多いが、心ある人々から見たら全くナンセンスである。この件についてはネット上でもいろんな意見が出ている。横浜地裁の判決が妥当であったか否かはここでは問わない。やはり[あおり運転」撲滅のためのスケープゴートになったことは確かだと思う。本人が納得しなければ最後まで訴訟を行なえばいいと思う。

人間は持って生まれた性格をそう簡単に変えられるものではない。納得しないまま刑に服せば、ただ人を恨み、世を呪う気持ちのまま出所して来て同じようなことを繰り返すだけだ、それではお互い不幸になると思います。よくよく考えさせられる事件であったとおもわなければならない。

今年の漢字は「災」だという。
私的には「狂」だと考える。
森友、加計の問題、公文書の改竄、数を頼んで無理矢理成立させた、改正組織犯罪処罰法、特別秘密保護法、安全保障関連法、カジノ法、改正入管法、働き方改革等々、それに強硬な辺野古埋め立てなど国民の感情をねじ曲げて次々と身勝手な政治を行なっている。又、単純、短絡的な殺人が横行している。かと思えば、高齢者や家庭の主婦などからお金をだまし取る、振り込め詐欺や出資金詐欺などが後を絶たない。海外に目を移せば、宗教と民族の対立から、あちこちで戦火が起こって、これに大国がつけ込み漁夫の利を得ようとあの手この手で干渉してますます混乱させている。難民はどうして受入れる事が出来るか、ではなくて、どうしたら難民を出さないことが出来るかを考慮すべきなのにどこの国もそれを行なおうとしない。自然界では、猛暑、豪雨、豪雪、地震等が頻発して毎年多大な被害を被っている。やがて地球上には生物が住めなくなるのだろう。

人間という動物から、知性(教育)忍耐、謙譲、思慮、分別等が失われて来たのは何時の頃からか。それで皆狂ってしまった。政治も、国民の生活も、人間同士の思いやりも子孫に対する配慮も、未来の夢も、すべて狂ってしまっている。
こんなことを感じる様では一番狂っているのは私かも知れない。

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