国会議員と山猫(夏バテの夢)

 台風、豪雨、そして「海の日」が来て、無理矢理梅雨も明けてしまった。
 数日前から猛暑が続く、暑い、暑い、暑い、暑さで水蒸気がどんどん上昇する、昇り過ぎた龍は下るしかない、これが一気に豪雨となって降り注ぐ。この暑さと豪雨が年々激しくなって来ている。したがって毎年猛暑と豪雨のために多くの災害が発生している。そのために、この災害の犠牲者も後を絶えない。
 国等の団体は、この被害を避けるために、5段階に分けて、安全な場所に行くように、避難指示を出しているが、人的・物的の被害は相変わらず著しい。

 毎年同じような被害に会うのなら、最初から避難場所と同じような場所と建物に住んだらよさそうなものだが、それも無理らしい。そのような場所と建物を構築するには個人の力(経済力)では無理があり、日常生活において、他人に妨げられない自分の自由を謳歌することが難しいという事らしい。民主主義も行き過ぎれば自己主義になってしまう。

 我儘も過ぎれば、自己中心的で他人を思いやる心も失ってしまう。

 近頃の世界情勢・我が国の状態はいかがでしょうか?
 我が国に限っていえば、近頃国会で成立した「改正刑事訴訟法」「国旗損壊罪」「改正皇室典範」等々内容に理解出来ない部分が多いと思うのは私だけだろうか?
 でも、国会議員は国民が選んだ人達だから、これも国民の総意なんだな、と思うしかないのでしょう、思わず溜息がでる。
 宮沢賢治は、今日あることを予想して、どんぐりと山猫の童話を書いたのだろうか。

 太平の世が続いたことだし、この辺で選挙のあり方を考えてみてはいかがかと思う。
 選挙区といえば、見たことも聞いたこともない人が、掲示板に名を連ねていて、この中から選べという。特権意識だけが強くて、おらが村の先生様はほとんど不在で代官を置く。選挙も立候補者も存在方法をもっと現実味のあるものに組み替える必要があると思う。まあ特権意識は今に始まった事ではない。

 豊臣秀吉の「刀狩 」などは今の「核兵器の保有国」に似たものがある。
 世界を見渡せば、大国が小国を自国のものにしようと色々画策している。
 小国同士が手を結んで大国に対抗する、というのは解るが、今は大国同士が手を結んでいる、プライドなどないのかしら?恥も外聞も無いんだねきっと。

テレビをつければ、相変わらず大国のごり押しとこずるい便乗国対小国の防衛戦争、これに巻き込まれた周辺国や経済的打撃を受けた国々のいらだちと苦悩が延々と放映され、見るに値せず、新聞を開けば、政治家の資質、休暇、労働時間、低賃金、物価高、詐欺、強盗、殺人等々息苦しい出来事ばかり、いき過ぎた我欲の世界だが、これがただの人が作った人の世だとしたら、伯夷・叔斉、の気概もなく、漱石先生と違って詩や画などの才能もないただ一介の豎子に過ぎない私などは、どなた様にもペコペコしながら、卑屈に生きていくしかない。

 住まいは夏をむねとすべし、といったのは、卜部兼好(吉田兼好)か。身近な事としてとりあえずこの暑さを乗り切らなければならない。
 具体的な対処方法は、ラジオ、新聞、テレビなどで、通称識者といわれる人達が日夜報じております。
 それでは、抽象的な対処方法は何があるのだろうか?快川国師は、安禅必ずしも山水をもちいず、心頭を滅却すれば火もまた涼し とのたまっている。(元詩は考えない)極悪非道の犯罪者が、死刑台に引かれてすっぽりと黒い布をかぶせられた瞬間の夢、例をあげれば限がないが、動物が追い詰められた時に思わず湧き上がるであろう刹那の感情、この想像力(妄想)こそが抽象的対処方法だと思います。
 豪雨、猛暑等の天災、我欲が起こす人災、本能に生きる動植物が起こす自然災、恐ろしい世の中ですが、メシアが現れることを祈りつつ何とか生き延びましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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