資格試験に合格する方法その4 ~記憶すること、暗記することの違い~

試験に合格するためには、 テキスト等をいくら暗記しても、あまり効果はありません。記憶することが大事なのです。 
 「暗記」・・・ そらでおぼえること。そらおぼえ。
 「記憶」・・・ 過去の経験の内容を保持し、それを後で思い出すこと。将来の行動に必要な情報を、その時点まで保持することを含む。      -広辞苑より-

 記憶力を増大させるには、考える習慣をつけることです。 
考える為の糸口としては、何事によらず、それを不思議として「不思議」に思う、ととらえることがよろしいかと思います。まわりくどいようですが、「考えること」と、「不思議」とは、別の意味がありますが、ここでは、又同意語として一括りにします(以下「考える」と表現します。)
「考える」・・・ 実情を調べただす。吟味する。あれこれと思量し、事を明らかにする
「不思議」・・・ よく考えても原因・理由が解らない、解釈がつかないこと  -広辞苑より-

前稿で述べましたように、自分の周囲にあるものや、起こった出来事等をなぜだろう?と思い乍ら(考えながら)、記憶に留めてください。そうすることにより、それを今日1日の自分を振り返って思い出そうとするとき、今までより一層はっきりと正確に思いだすことができるはずです。

ここでいう考えるということは、真実を追求することではなく、より強く記憶に焼きつけるために考えるのですから、無理に結論を出す必要もないし、真実を追求することも必要ありません。(出来る方はやって下さい)余談ながら、考えるという語源をたどってみますと、いくつかの説の一つに、【神迎える→かみむかえる→かんがえる】となったのだという説があります。
その真偽はともかくとしても日本には昔から、「八百万(やおよろず)の神々がおわします」といわれています。

信心の薄い方でも、各家庭(戸建?)には、神棚があり、至ることろに神社があり、元日や祝い事、お祓い等で神社に参拝されると思います。お賽銭を上げて、一生懸命拝んで、お願い事を並べてもまず願い事をかなえていただいたことはないと思います。つまり「考える」ということは、その神様を必要に応じて、八百万人の神々(他国の神を含む)の中から、自由に選んで、自分の頭の中(脳)に呼び寄せることが出来るということです。考えているときは、あなたが神と合体して同化している時なのです。これは素晴らしいことだと思いませんか?(馬鹿馬鹿しいと言われればそれまでですが、、。)
-閑話休題-

考えることは、自分の知識を豊富にさせるのに大切なことなのです。次にほとんどの方が、新聞、週刊誌、月刊誌等の雑誌を読んでいることと思います。これも夜今日1日の出来事を思い出して、記憶を新たにするのと同じように、今日読んだ雑誌を思い出してみてください。

書かれてあることを一言一句思い出すのは到底無理なことですが、
表紙はどんなものであったか?。
グラビアはどんな写真であったか?
大きく取り上げていた記事は何であったか?
目次にはどんなものが載っていたか?等々よく思い出して下さい。そばにその雑誌があってもそれを見ないで、一生懸命思い出してみてください。そして、それをよく思い出せなかったら、その雑誌と手元に置いてある方は、もう一度その雑誌を見てください。そして、思い出せなかったところをよく見て、又雑誌を伏せて、内容を思い出してみてください。
この様にして毎日その日に読んだ雑誌等の内容を思い出してみる習慣をつけましょう。これは一見難しいようですが、すぐ慣れます。

慣れてきたら、読んだ雑誌を頭の中に思い浮かべて、ペラペラとページをめくってどんな記事がどの辺に書いてあったかを思い浮かべてみてください。頭の中に雑誌をイメージしてそのあらすじを思い出すことが出来るようになればもう大丈夫です。
貴方は簡単な資格試験には特に勉強しなくても50点くらいはとれる脳を鍛え上げられているはずです。

しかしながら、ほとんどの資格試験は60点、70点以上が合格ラインですから、やはり目指す資格試験に合格する為には、やはりその試験に合格するための専門書で勉強することが必要です。
次回は、その方法についてお話しします。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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資格試験に合格する方法その3 -繰返すことの尊さ、食事を繰返しとることが生命を維持する-

人間は一人で生きていくことはできません。必ず多数の人々と一緒に、集団の中で生活していくのです(例外はあると思いますが、、)。集団の中で生活していくには、その集団と共に行動する能力が必要です。その能力を常識(教養)「以下、常識等という」といっています。
教養と常識とは根本的に違う意味を持つものですが、ここでは同意義のものとして一括りに表現しています。

・常識とは・・・普通、一般人が持ち、又は持っているべき標準知力、専門知識ではない一般的知識と共に理解力、判断力、思慮分別などを含む

・教養とは・・・単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識(広辞苑より)
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資格試験に合格する方法その2~ローマは、1日にして成らず~

どんな試験を受験するにしても、受験勉強をするには、少なくとも中学校卒業程度の一般教養(常識)は必要です。かといって、すべての知識が、必要であるわけではありません。その時々の話題になった出来事や、過去の事件でも現在まで語り継がれているようなことを知識として知っていればよいのです。

受験勉強をする場合、それぞれ目指す資格・免許・免状(以下資格等という)によって、専門的分野の勉強をするわけですが、一般教養があることにより、専門的分野も受け容れ易いのです。

また、その一般教養が出される試験のほとんどが、時事問題です。時事問題はどのようにして覚えればよいのでしょうか? 続きを読む

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資格試験に合格する方法その1 ~剣は売っても心は売らぬ~

池波正太郎先生の作品の中に、「剣客商売」というのがあります。
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 腕に覚えの剣客どもは 売り込み合戦に明け暮れる、いや、まさしく昨今、剣術は商売なり
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世の中が不景気になってくると、唯単に学校を出ただけではだめで、何か資格を身につけないといけないと、不安で仕方がないという方々が増えて参ります。

 そこに目をつけたのが、「講座屋」さんです。大手から、細々とやっているところまで、数えきれないくらいあります。これらに関連した本も同様です。「これだけで受かる!、○○試験一発合格法、最短合格法、、、」等々そのなかには、帯や、宣伝文句に思わず噴出してしまうものがあります。

しかしこれも商売なら「よし」としなければならないでしょう。お金のある方々は、高い受講料を払い、本をたくさんかって大いに勉強し、役に立つ資格をたくさん身につけてほしいと思います。

しかし、金はない、暇もない、たいした学歴もない、身体もそれ程丈夫じゃない、知り合いもいない、環境も悪い、世の中の底辺であえいでいる人は、どうしたら良いのでしょうか。 続きを読む

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血液型探偵!?

何年か前に「B型 自分の説明書」という、一般的に悪く思われ、理解されにくいB型の性格を、誤解?されやすいと感じた作者がそれならばと、自分で解説した本がそこそこヒットし、その後、「A型 自分の説明書」「AB型 自分の説明書」「O型 自分の説明書」とシリーズ化され、興味深く読んでいたことがありました。

そこで、私なりに、歴史上の人物をたぶんこの方なら、この血液型だろうと推測したものを列挙してみました。

A型
聖徳太子、伝教大師(最澄)、占部(吉田)兼好、北条早雲、清少納言、源頼朝、徳川家康、石田光成、大久保長安、天野屋利平、松平信綱、乃木希典、東条英機、キリスト、オクタビアヌス、山本五十六、ダグラス・マッカーサー等々 続きを読む

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就業規則はなぜ必要か【会社のルール作りの意義】

  「鬚のある男たち」という作品の冒頭に「ひげは生えるから生やすのか、生やすから生えるのか」というくだりがある。就業規則も同じく、法律で決められているから作成するのか、作成する必要があるから法律で決められたのだろうか。

 人間が集まるところには必ず一定の秩序が要求され、一定のルールが求められる。それぞれ違った人間同士が集まるのだから、全員の調和を保つために、必然的に求められるものである。資本主義経済においては、資本家と労働力提供者とが共に協力しあって、同じ目標に向かっていかなければならない。優良企業というのは、正しく【資本力=労働力】のバランスがとれている企業といえる。その労働力を生かし切るのに、就業規則という会社における雇用のルールが必要となるのである。

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”研修医という名の殺人マシーン(その2)”

~その1からつづく~
 不安を抱えたまま、我慢してじっとしていると、同僚(研修医)らしき人物が入ってきた。担当研修医は、「なあこれどう思う?」とその同僚に話しかけ、「それは貴方の思った通りにすれば良いだろう」と同僚らしき人は答える。「ああそうか、」「それから、これだ、ええとどこだったかな?」といいながら、挿入している内視鏡をあちこち動かすので、そのたびに腸がねじられ、こねくり回されて痛いのと苦しいのが同時に襲ってきて、思わず「痛い!痛い!」と悲鳴を上げる。 続きを読む

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“研修医という名の殺人マシーン”(その1)

 
人間は、必ず死ぬ事になっている。
 いや、人間に限らない、動植物すべて命あるものには限りがある、つまり、必ず滅びる運命にあるいということだ。
 ただ、それは天命を全うする事であって、天命を待たずして命を失うことを意味するものではない。

 人間に限って言えば、他人に迫害を受けて殺されたり、傷付けられたり、医師の怠慢によって死を早められたり、研究材料に使われて死を迎えることは、天命を全うした事にはならない。 続きを読む

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戦後80年を迎えて

大東亜戦争(第二次世界大戦、太平洋戦争ともいう)終結後80年が経過した。
 その時に生まれた大富豪の子供も、ホームレスの子供も同じく80歳になった。
毎年8月になると、この戦争の事が新聞やテレビに取り上げられ、8月6日には広島に原爆が投下され、国民が多大な規模の損害を受けた事、同9日に長崎に原爆が投下された事による、我が国の被害が計り知れない程甚大であったことを大々的に放映されて二度と戦争を起こしてはならないことを誓い近隣諸国にお詫びする事が行事になっている。8月15日を終戦記念日としてピークを迎え、不戦と兵器を持たないという事が戦争を避ける事だとなぜか決めつけてしまい、そうして8月も20日を過ぎる頃になるともう皆話題のそとに追いやってしまう、そして80年が過ぎた事になる。兵器(武器)を保有しなければ戦争は起こらない(巻き込まれることは無い)というのは本当だろうか? 続きを読む

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”内弁慶と、スフィンクスの謎かけ”

 「内弁慶のくだらないパフォーマンスはやめろ!トランプ大統領に直接言え」
 石破総理が、参議院議員立候補者の応援演説で、アメリカのトランプ大統領が、日本に対する関税を25%にする、という方針に対して「国益をかけた戦いだ、なめられてたまるか、たとえ同盟国であっても言うべき事は正々堂々言わなければならない」と発言した事に対して、野党の国会議員から発っせられた言葉だという。

 「内弁慶の外ネズミ」(内弁慶の外地蔵ともいう)で、石破総理が内弁慶なら野党議員は「外ネズミ」か。日本に対する関税(多分車が関係すると思われるが)25%は法外であり、このままうのみにすることはまさに国益を大きく損なうことである。
 7ならべや、ババ抜きをやっているのではない、手札は全部伏せられている、神経衰弱の戦いなのだ。 続きを読む

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