安倍首相談話と墓参りと盆踊り―語り部の記録を―

 毎年8月になると必ずやってくるものがある。”敗戦記念日と墓参りと盆踊り”。

 なかでも一際目立つのが先の大戦に関するもので、8月に入ると戦争経験者や関係者の話が新聞等に現れ始め、6日広島の原爆投下、9日の長崎原爆投下で追悼式等が行われるが、15日の敗戦記念日(終戦記念日では無い)が過ぎて、丁度夏休み(お盆休み)が終わってしまうと、ほとんどの人達が敗戦の日を忘れてしまったかのように誰も口にしなくなる。これを毎年繰り返している、そして戦後70年が過ぎてしまった。

 又、来年も、10年後も、20年後も同じ事を繰り返すだろう。何事に依らず反省することは大切な事であり忘れてはならない事だと思います。

 しかし、戦争経験者や関係者は年々減ってゆく、当然と言えば当然のことだが、今のうちにこの方々の体験したことをきちんと記録しておかなければ成らないと思います。(有名人のお話だけでは無く、一般の体験者の話を)

 なぜならば、今までの巷説は何かどこかで歪められているような気がするからです。
 全て我が国が悪いことに成っている様な事が通説になっているのが不思議で成らないのです。戦争に発展して行く過程でどうしても我慢出来ない国際上の何かが我が国にあったのではないか、と考える人はいないのでしょうか。
 
「日本人は12歳の少年である」
 褒め言葉である、と解釈されているようですが、私にはやはり侮蔑の言葉としか思われません。 
 それに必ずといって良い位、時の首相の談話というものがついて回る。戦後歴代の首相の中でまぁまともかな、と思われたのは1973年2月2日衆院予算委員会で話された、田中角栄氏くらいです。
 後は、母国をなんと思っているのか、と言いたい談話が多過ぎると思われます。「侵略」「植民地支配」「お詫び」等々当事者でもない者が簡単に使用する言葉ではないと思います。

 その点、今回の安倍首相の談話はとても良かったと思っています。
 全体的に近隣諸国だけではなく、世界中に配慮している様子がうかがえます。
 又語りかけは、「日本」「私たち」と表現している事です。そしてさらには、あの戦争には何等関わりのない私達の子孫に謝罪を続ける宿命を負わせてはならない、と言っています。

 あの大戦は、サンフランシスコ講和条約が締結され、発効された1952年4月28日で終了しているのです。深い反省と不戦の誓いは強く心に留め、ともすれば忘れがちになる誓いを新たにする意味で、毎年敗戦の日を迎える事は意義がありますが、300万余の戦争犠牲者の魂を無にしないように心懸ける事こそ肝要と思います。

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