「振り込め詐欺に逢うのは、キャッシュカードをもっているからだ」と、何時の頃からか思いこむようになっていました。
振り込め詐欺は、金融機関が窓口を簡素化して、儲けのみを追求する結果が引き起こした負の要素だと思っています。
当然私はキャッシュカードをもっていません。従って、日常の小遣いはその都度金融機関へ行くことになります。金融機関にお金を下ろしにいくときに、通帳を持って、いちいち窓口に行くことを知っている当事務所の職員達は、なかば呆れたような笑い顔で送り出してくれます。
私が行く金融機関(信金)は、私の事務所が長年お世話になっているところなのですが、事務所の金は経理担当者に全部任せてあるので私の顔は知られていません。従って、私が行っても、信金の方はへんなおじさんが又来たな位にしか思っていません。
当然のことながら、この信金にもATMはありますので、現金の引き出しに、通帳を渡して支払いを受けているのはほんの数人だけ、しかも私のような変な爺様がほとんどです。
時には、他にお客が誰もいない日もあります。そういう時は、窓口の方達は、「また来たよこのじじい、キャッシュカードくらい作れよ。」といっている風に見えてくるし、なんともいえないたまらない気持ちになります。「キャッシュカードを作るにはどうしたらいいんですか?」と、思わず叫びたくなる衝動にかられることも何度かあります。針のむしろに座るというのはこういうことなのだろうと思います。
先日も小遣いを引出にやってきました。番号カードを引くとすぐ呼ばれて、通帳と引出の伝票をわたすのですが、そこから、長々と待たされるのです。じっーと待っていると、胃から酸っぱいものがこみ上げてきます。いやがらせで待たされてるのかと思うほどです。「やはり、キャッシュカードを作らねばだめか?」とその気になりかけたときに、名前を呼ばれました。
金と通帳を受け取りながら、「いや、やはり初心は、貫徹すべきである。」決意も新たに、信金を後にしました。事務所への帰り道、歩きながら、それにしても夏目漱石先生は、鋭い感性の持ち主だったなと、つくづく考えさせられたのでした。
「意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
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