「中小企業承継法」と世襲政治

 猛暑と豪雨に悩まされた夏も終わり、初秋の日差しが西に落ちかけたある日、ここ喫茶「情報塾」には、5~6人の常連が、カウンターに並んでそれぞれがいつもの飲み物を飲みながら、雑談にふけっている。
 「昨日、同業者の寄合いがあったので出かけてみたが、私たち零細企業は、なかなか後を継ぐ者がいなくて、社長は皆年寄りばかり、これでは先が思いやられるよ。」D氏が、誰に話しかけるともなく言った。D氏は、小型電気機器に使用するモーターを作っている従業員10人ばかりの小さな会社の社長である。おんぼろの工場で自らもこつこつとやっている。

「Dさんところは、息子が二人もいるじゃないか。どちらかに後を継がせればいいだろう。」N氏が言う。「だめだよ。こんなきつい仕事、あんな怠け癖のついたやつらにできるもんか。」D氏は、はきすてるように言った。「学校卒業してからすぐに仕事を覚えさせればよかったのだが、今となっては手遅れさ。」

「そういえば、獅子は、子供を千尋の谷に落として這い上がってきたものだけを育てるというからな。後を継がせるためには、やはり子供のころから教えていかないとね。」すでに仕事は長男にほとんど任せて名ばかり社長のF氏が言った。
「それならDさんのところは古くからいる社員のうちしっかりした者に譲ればいいじゃないか。」
「あ、でも相続の問題もあるしね。何かいい方法はないかな。」
「私のところは、火薬取り扱いの免状がないとだめだから、資格のない子供には譲れないよ」玩具用花火の下請けメーカーのB氏が言った。

ここで皆の視線はマスターにそそがれた。彼は相変わらず、コーナーの片隅でグラスを磨いていた(マスターの本業は行政書士・社会保険労務士・経営コンサルタントであるが、ここでは本業の話はあまりしたがらないのである)が、全員の視線を感じると、顔をあげて常連のほうに向いていった。

「中小企業の承継問題はなかなか難しいですね。」

マスターは例の少しはにかんだような微笑を浮かべながら言った。「中小企業承継法(略)という法律が、この10月から施行されます。これによると遺産相続の軽減措置等があり、古くからいる社員とか、技能や、経営能力の高い社員がその業務のみ後継者として引き継ぎやすくなるそうです。」

「しかし、さき程Bさんが言っていたように、技術、経営能力があっても一定の資格を必要とする業務になると、その資格がないと継げないということになりますね。」

そういえば、この近くをぐるっと見渡しただけでも、一定の資格を必要とする商売はたくさんある。床屋さん、医者、美容師、調理師、薬剤師、不動産鑑定士、税理士等々、(そういえばマスターの本業も、、。)集まっていた常連は、一様にマスターを見つめた。子供に後を継がせようと思えば、小さい時から手元において、教えこまなければだめだということがなんとなく理解できた。

「それで、獅子は、わが子の素質を試すのに、千尋の谷に落として這い上がってきた子だけを育てるのか」誰かがポツリとつぶやいた。

「谷から這い上がってきた子供は、獅子として生きてく力と素質を備えているので、そのままほっておいても立派な獅子に成長します。親獅子は、むしろ這い上がってこなかった子供のことを気遣い、思いやって、一生を終えるのです、これが子を持つ親の苦しみです。」
マスターは淡々として話したが、常連たちは静まり返っていた。

「そうだ、政治家(国会議員)達も一定の条件をクリアした者しか立候補できない制度が必要かもしれないないな。簡単に、親や祖父の地盤、看板、鞄を受け継いで、能力のないボンボンが政治家になる。これが今の日本をだめにした原因の一つかも知れないな。」D氏がポツリとつぶやいた。

皆そうだそうだと思ったが、何となく沈黙した。キュッ、キュッとマスターが食器を拭いている音が、店内にかすかに響き渡った。

         

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