男はつらいよ ~妻墓参りに行くの巻(夜風と月が友なのさ)

思わぬところで妻に出くわした。

私も驚いたが、妻も驚いたらしく、一瞬ぎくっとした表情をした。お互い何も言わなかった。場所は家を出て表通りに出るところ、休日の朝で、喫茶店に行ってくつろごうと、玄関の扉を開けたら、妻が家か出てきたところだったのだ。6人家族だが私だけ別棟に住んでいるので夫婦でもめったに会うことがないのである。

これから墓参りに行くということだった。初めて聞いた。しかし服装は近所にでも行くようなものだった。おしゃれと身嗜みは違うんだけどなぁと思ったが、何も言わなかった。自然と二人で駅に向かって歩き出した。駅まで7-8分というところを、10分以上かけて歩いていった。

その間ワイフは喋りっぱなしだった。自分が墓参りを思いついたこと、今日に決めたこと。のんびり行ってくるからへいちゃらだということ、等々、私はうん、うん、と適当に相鎚をうっていた。

 こういう話は肯定しても否定してもいけない。マスオさん的境遇にいる私としては家庭内に波風を立てないことが大切だ。適当に頷いているに限る。

駅について切符を買おうとしたら、「私が買うからいいわよ」とピシッと言われた。
改札口を入った妻は、振り返りもせずエスカレーターで登っていった。電車とタクシーで片道1時間半かかるところだけど、果たして大丈夫なのだろうか?

私は妻を愛しているわけでもなければ、好きというわけでもなかったが、何となく、無事で行ってきてくれたらいいなという感情がわいてきて、妻の姿が見えなくなるまで見送っていた。

秋の空気は澄み切っていて、爽やかに日差しは穏やかに暖かった。

「さるべき日ばかり詣でつつ見れば、ほどなく卒都婆も苔むし、木の葉降り埋みて、夕べの嵐、夜の月のみぞ、言問ふよすがなりける」  徒然草より

 

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