春の幽霊 「白日夢~小劇場の怪」

ここは喫茶「情報塾」である。
 日曜の昼下がり、常連達がカウンターで新聞を読んだり、雑談をしている。
 そこに、「すっかり春らしくなった来たけど、なんかいい話ない?」と南米向けに精密機器の部品を輸出している小企業のオーナーのF氏が、うつむき加減で、何だかぼーっとした顔で入ってきた。「何だ。Fさん今頃フラーっと現れて、春の幽霊かよ。」K氏が笑いながら言った。

F氏 「原油高に、円高。コストはかさむし、受注は減るしで、資金繰りが大変なんだ。このままこんな状態が続くかと思うと、もう何もかも投げ出したい気分だよ。」
H氏 「政治家もあてにできないし、いったいこの先どうなるんだろうなぁ。本当に憂鬱になっちゃうよね。」
皆がそういいながら、マスターのほうを向く。
マスターは例の照れたような表情を浮かべると、静かに話し始めた。
 「先程どなたか春の幽霊とおっしゃいましたよね。今日は私が体験した奇妙な話しをいたしましょう。」

~今日はある顧客に招かれてこの地へやってきた。まだ約束の時間には間があったので、お茶でも飲みながら時間でもつぶそうと喫茶店を探して歩き回っているうちに小劇場が目についた。

 開幕の時間が迫っていたので、あわてて入ったが、すでに口上が始まっていた。猿面の老人が、「えーですからこの演劇はフィクションでございますので、実在を示唆したり暗示したりするものではありません。入場料はもっと高く設定してあったのですが、少し値下げしてしまったようなわけで、こちらは料金さえいただければよろしいわけで、皆様は無理してみなくても、居眠りしてもおしゃべりしても構いませんよ。こちらはこちらで勝手にやるだけですから、、。」この老人が引っ込むと幕が開いた。

ひどくくたびれたみすぼらしい初老の男が一生懸命働いている。
そこに妻登場(ぶくぶく肥えていて、化粧を塗りたくっている)
妻 「あんたお金をだしてよ」
男「もうないよ。今一生懸命働いて稼ぐからもうちょっとまってくれ」
妻「まてないよ。今そこにボーイフレンドを待たせてあるんだ。あの人と一杯やるのにどうしても今必要なんだよ」
男「そんなこといってもないものはないよ」
妻「何いってんだ。懐に少しあるじゃないか。それをだしな」
男「これは子供達の教育費と夕食代だよ」
妻「そんなもの夕方まで働いて稼げばいいんだ。あんたの働きが悪いから私が苦労するんだ。さっさとだしなよ。」妻は夫を突き飛ばして無理矢理金を巻き上げると男と大声で談笑しながら去っていった。

男はのろのろ起きあがると又仕事に励み始めた。
そこへ小学生らしき女の子と男の子が登場(二人とも母親そっくりだった)
子(女)「父ちゃん小遣いくれよ」
男「今、母ちゃんがみな持っていったのでないよ」
子(女)「なにいってんだい。父ちゃんの働きが悪くてろくに小遣いがないから、学校でいつも馬鹿にされるんだ。」
子(男)「父ちゃん。姉ちゃんだけにあげないで、俺にもくれよ。子供を養うのは親の義務だろう。」
男「そんなこといったって、無いものはないよ。」
子供達「ないではすまないんだよ。恥をかくのは俺たちなんだぜ。子供に恥かかせていいのかよ。」
男「そんな無理言わないで聞き分けてくれよ」
子供達「ふざけんな。いつも母ちゃんだけいい思いをさせているじゃないか。わぁ、そうだ。これを質に入れようよ。」
男「だめだよ。それは父ちゃんが仕事で毎日使うものなんだから」
子供達「そんなの又働いて買えばいいんだよ。父ちゃんの働きが悪いから家族みんなが苦労するんだ。」
子供達は男の制止を振り切って、自転車を押して舞台の袖に消えていった。
男は又のろのろと一心に働き続ける。

場面変わって、この男は病床についていた。粗末な布団以外は家財道具は何もないみすぼらしい部屋だった。妻と子供達二人がそばにいるが誰も介抱しようとしない。男は苦しそうに咳き込む。
男「なぁ。少し水を飲ませてくれないか。」家族にむかって哀願するが、誰も見向きもしない。
妻「父ちゃんが働かないから私達はひもじくてかなわんわ。何か食べるものを探してこようよ。」妻と子供達二人は退場した。男は苦しそうに呻いているが誰も来ない。

そこに金持ちらしい中年の紳士が現れた。
紳士「おや。こんな所に苦しそうな病人がいる。可愛そうに。家族はいないのか」
紳士はこの男を病院に入れると、その費用を出してやる。するとそこに家族がやってくる。妻と子供達「ねぇ私達にもお金下さいよ。」
紳士「なにを言うか。この馬鹿共」怒った紳士はこの妻と子供達を追い返した。

男は少し病状が快方に向かい、動けるようになった。そして、紳士にお礼を述べた。
男「有難うございました。お陰様で少し動けるようになりました。」
紳士「それはよかった。それではそろそろ働いてもらおうか。」
男「えっ。もうですか?まだ良くなったわけじゃないのに」
紳士「何を言うか。本来ならおまえはとっくに死んでいるんだよ。命があるだけ幸せと思え。さぁいままで通り働くんだ。」

場面は変わって、もとの作業場
男「やれやれ。私が苦しみながら働くことには何もかわりはないのか。」

男はぶつぶつつぶやきながら、のろのろと働き続ける。

ここで演劇は終わり、幕が閉じてしまった。
私はあたりを見わたした。他の客は、居眠りしている者、おしゃべりをしている者、携帯をいじってる者等々誰も演劇を観ていた者はいなかった。私はいたたまれない気持ちで劇場の外へ出た。
まだ夕方には時間があり、暖かな春の日差しが目に眩しかった。
この時間なのにあたりには人っ子一人いず、漂ってくる沈丁花の香りが鼻腔をくすぐり、かすかな風の音が耳に響いていた。

私は今出てきた小劇場を振り返った。入り口には今上演された劇の大きな看板があった。
キャストの名前が連ねてあった。私は近寄ってそれを読んだ。俳優の名前は変な名前だった。

 男  ・・ 国民多数
  妻  ・・ 政治家多数
 男友達 ・・ 高級官僚
 子供達 ・・ 一般公務員
 紳士  ・・ 国

呆然とした私はおそるおそる目を演目に転じた。演目は、入場したときは「憂国」だったのが。今見ると「亡国」に変わっていた。  [E:chick]  

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